従業員を大切にする、地域に貢献する… 想いを未来につなげるM&Aを実現
福島県会津若松市に本社を置き、「地場ゼネコン」として土木や建築などを幅広く手がける、株式会社弓田建設。 「発展と地域社会のために。」を社是として掲げ地域に貢献してきた株式会社弓田建設が、住宅建材の卸・販売事業を手がけ、約30社の関連会社を傘下に持つOCHIホールディングス株式会社とM&Aを締結した。譲渡を検討した背景や日本経営総合研究所に依頼した理由、そして経営者として大切にしてきた思いについて、代表取締役の弓田八平氏に話を聞いた。


M&Aを検討した背景
- 年齢を重ねるにつれ、自身が退いた後のことを考えるようになり、万が一自分に何かあった際の準備を始める必要を感じた。
- 創業以来、これまで必死に会社の仕事をしてきたが、残された人生において、自分の生涯の大事な目的の一つである地域貢献にもう少し時間を費やしたいと考えるようになった。
- 親族に継承するという案もあったものの、より安心して将来を任せること、会社の成長を考えた際に、M&Aが最適な手段という結論に至った。
日本経営総合研究所を選んだ理由
- 以前、別の会社の仲介をお願いした経験があり、その時の実績から信頼できる仲介会社だと認識していた。
- それ以来社長と付き合いがあり、人として信頼を置いていた。
- 最初は別の仲介会社と契約をしていたが、自社を「商品」として扱われているという不安が募るように。信頼できる会社にお願いしたいと改めて日本経営総合研究所にお願いをしようと判断した。
M&Aをした後の変化
- 例えば必要な技術者をすぐに集められるなど、上場している大きな会社と一緒になったメリットを感じる。
- 急激な変化は従業員も不安を感じてしまうため、少しずつ良い方向に変わっていけばよいと思っている。
企業紹介・経営者の思い
「発展と地域社会のために。」を社是に、会津若松の地場ゼネコンとして事業を展開

当社の創業は1979年。最初は私個人で土木業からスタートしました。現在は事業を広げ、舗装工事や建築工事を中心に、地域に根差したいわゆる「地場ゼネコン」として活動しています。
創業以来の社是は「発展と地域社会のために。」です。事業を通じて本社のある会津若松市に貢献すべく汗を流し、2025年に完成した市役所の新庁舎の建設にも、JVの一員として参画しています。
それから、経営する上で大切にしてきたのが、「人」。従業員を、そしてお客様を大切にして、一つひとつの仕事に誠実に取り組み、長い月日をかけて信頼を積み重ねてきたと自負しています。
M&Aを検討した背景
従業員と会社の未来、自らの地域貢献への情熱を考え、M&Aを検討するように
自ら立ち上げて育ててきた会社ですが、年齢を重ねるにつれて、自分が退いた後のことを考えるようになりました。私は今年74歳になるのですが、万が一急に何かがあってパタンと倒れてしまったら…。その時に先々の備えを何もしていないとしたら、経営者としてとても無責任だと思ったんです。大切な従業員のことを考えると、将来を任せる人材についてしっかりと考えないといけないな、と思案していました。娘婿が継ぐという選択肢もあったのですが、それよりは、M&Aという形で信頼できる会社にあとを託すというのも一つのやり方だと考えました。
また同時に、ビジネスだけで一生を終わらせたくない、という思いもありました。地元に貢献する、会津若松のために何かしたいという自分の本質的なゴールを目指し、残された人生、信頼できる人材を見つけて安心して会社をお願いした上で、地域貢献にもう少し時間を使えればと思っていました。
日本経営総合研究所との出会い
過去のM&Aで培った「信頼」、胸襟を開いて話しができる間柄に

実は、日本経営総合研究所とは、今回のM&Aを通じて知り合ったわけではないんです。以前、私が経営していた別の警備会社の仲介を日本経営総合研究所の田中社長にお願いしたことがあり、それ以来お付き合いがありました。何度も会津若松に来てくれて、たびたび飲みにも行く間柄です。お酒の席で会社の将来をどうするか、という悩みをざっくばらんに話したこともありました。最初はまだ弓田建設のM&Aを具体的に考えてはいませんでしたが、胸襟を開いて話ができる間柄で、これまでの経緯を田中社長は以前から知っていたんですね。
人柄もわかっていて、別の会社のM&Aではしっかりと満足できる結果を残してくれたという実績もあります。日本経営総合研究所に対しては、そもそも信頼できる仲介会社、と認識していました。
日本経営総合研究所を依頼を決めた理由
当初は別の仲介会社に依頼したものの、利益優先で「商品」としての扱いに不安を感じるように
最初は、日本経営総合研究所ではない、他の仲介会社と契約をしていました。しかし、その仲介会社が持ってくる候補は、ファンドや商社のようなところばかり。話しの進め方や過去の実績を見るうちに、だんだん、相手にとって私の会社は単なる「商品」であり、また数年したら他に売却されるのではないか、と不安を感じるようになりました。
自分が作り育てた会社は、我が子と同じように可愛いものです。その将来を案じることは当然です。それを、あたかも商品のように扱われて、利益のために数年たったら売り飛ばされる…。そんなところにはお願いできません。しっかりとした実業をしていて、会社をさらに発展させてくれる、従業員が安心して仕事ができる。やはりM&Aをするならば、そうした会社と一緒にやっていきたいというのが私の考えでした。
そうした私の思いを汲んでくれるところにお願いしたい。そう考え、改めて契約したのが日本経営総合研究所です。これまでの付き合いから社長の人柄もわかっていて、そして過去の実績もあります。やはり、最終的には人と人としてのお付き合いができるかどうかが大切なのだと改めて感じています。
最終的に譲受企業を決めた背景とM&A後の変化
従業員を大切にする、地域に貢献する。理念を未来に繋げてくれる会社とM&Aを締結
最終的にOCHIホールディングスに譲渡することを決めたのも、やはり社長の人柄が信頼できると感じたことが大きな理由です。他にも候補の企業がありましたが、OCHIホールディングスは私たちの事業に理解があり、利益だけを見るのではなく、当社が大事にしてきたものを未来に繋げてくれる会社だと感じました。
従業員を大切にする、地域に貢献する、これがなくなってしまうのであれば、M&Aをする意味はありません。信頼できる企業とM&Aを締結出来て良かったと感じています。
M&Aをした後の変化は、少しずつ、徐々に出てきた、というところでしょうか。急激に大きく変化してしまうと、優秀な従業員から離れていってしまいます。M&Aのことを従業員に話をしたとき、みんなは「社長が決めたことだから」と言ってくれました。もっと大きなハレーションが起きるかと心配していたところもあるのですが、思ったよりもみんな落ち着いて受けとめてくれたように思います。大きな会社と一緒になったので、取引先から「すごい決断をしたな、やって良かったなあ」なんて言われることもありますね。
それから、良い人材が集まるのは、大きな会社ならではかもしれません。今度、当社はトンネルの工事を手掛けるのですが、技術者が必要だという相談をしたところ、さっと適した人物を見つけてきてくれました。
これから少しずつ、一緒になって良かったと思える変化が出てくるといいなと思います。
今後に向けて
未来に残すべきものは「信用」、自らの価値観を大切に、今後も社会と地域のために

西郷隆盛が残した「児孫のために美田を買わず」という言葉があります。子孫に多くの財産を残すと努力を怠るので子どもたちのためにならないという子育ての教訓や、多くの財産を残そうと私利私欲に走ってはならないという自身への戒めなど、いろいろな解釈があるようですが、私自身、金銭のみを最優先にした価値観は好きではありません。
あとに残る人たちに私が残してあげるものがあるとすれば、それは「信用」です。信用は、お金で買うことはできません。あの会社なら大丈夫、あの人の関係者なら信頼できる、と言ってもらえるよう、今後も社会のため、地域のために自分なりに貢献していきたいと思います。
譲渡企業
- 企業名
- 株式会社弓田建設
- 所在地
- 福島県会津若松市
- 事業内容
- 土木、建築、不動産、賃貸事業
- 売上高
- 約60億円
- M&Aの検討理由
- 事業承継のため
譲受企業
- 企業名
- OCHIホールディングス株式会社
- 所在地
- 福岡県福岡市
- 事業内容
- 建材・環境アメニティ・加⼯・エンジニアリング・その他事業
- 売上高
- 約1,170億円
- M&Aの検討理由
- 既存事業の強化のため